犬の死骸と武士の誇り – 『ある明治人の記録 会津人柴五郎の遺書』

ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書 (中公新書 (252))

会津藩は戊辰戦争により朝的となり新政府軍に落城させられる。会津藩は領地を没収され、斗南藩(現在の青森県)へと移住することになる。未開の土地で人々がどうやって生存していたのか、その壮絶な生活が記されている。

満足な食料を手に入れられず、ワラビの根から団子を作ったり、海岸に流れ着くワカメや昆布をお粥に混ぜたりしていて食いつないでいる。

ある時には死んだ犬の死骸を持ち主に頼み込んでなんとか譲り受けている。犬の死骸を自ら望んで食べているのだ。幼かった柴五郎氏は喉に通らず思わず吐き出してしまう。だが、そんな息子を見て父親は一喝する。

武士の子たることを忘れしか。戦場にありて兵糧なければ、犬猫なりともこれを喰らいて戦うものぞ。ことに今回は賊軍に追われて辺地にきたれるなり。会津の武士ども餓死して果てたるよと、薩長の下郎どもに笑わるるは、のちの世までの恥辱なり。ここは戦場なるぞ、会津の国辱雪ぐまでは戦場なるぞ(64頁)

飢餓寸前の生活に貶められても誇りを失わないなんて・・・武士の誇りとはそれほどのものなのか。現代人の僕たちには決して推し量れないだろう。言葉を失うのみである。

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  • きたぢむ

    私もまさにこの本のこの箇所に何とも言えない印象を持ちました。いい悪いは別として、これほどの魂が戦後の日本人になくなっている。骨抜きにされたような気がしてなりません。(わたくし個人含め)

  • http://www.kinoshitashigeo.com 木下茂雄

    そのとおりですね。
    これほどの気概をもっているひとは、
    いまの世の中にはいないだろうし(おそらく海外も)、
    もしかしたら、ないほうが住みやすい世の中だとも、
    言えるのかもしれませんね。