読了『思索紀行 立花隆』

立花さんが、旅について語る、
ひとこと、ひとことが、ずっしり響きます。

なんで、こんなにぼくの心に響くのかなぁ、
考えてみたんですが、
それは、おそらく、旅に対する哲学みたいなもんが、
ビシッと一本あって、
かっこいいからなんだと、思いました。

旅は日常性からの脱却そのものだから、その過程で得られたすべての刺激がノベルティの要素を持ち、記憶されると同時に、その人の個性と知情意のシステムにユニークな刻印を刻んでいく。旅で経験するすべてのことがその人をかえていく。その人を作り直していく。旅の前と旅の後では、その人は同じ人ではありえない。

旅は(人生はといってもいいが)結局のところ出会いなのである。出会いは本質的に計算になじまないことなのだから、出会いに期待するなら、予定なんて立てずに成り行きにまかせるのがいちばんである。

自分の肉体を移動させることで、文字通り視点を変えたら、見えるものがちがってくるにちがいないと思ったからである。

旅をしている最中に、その旅について何か記述することを試みる人は、貧しい旅をしている人だと思う。

旅のパターン化は旅の自殺である。

思索紀行 ――ぼくはこんな旅をしてきた
立花 隆
書籍情報社
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  • rinta6u

    以前私も読んで、深く共感したのを覚えてます。
    久しぶりに開いたら、最後の引用部分、私も線引いてました。

    「旅のパターン化は自殺である。
    旅の本質は発見にある。」

  • http://www.kinoshitashigeo.com 木下茂雄

    ぼくも、一番、その言葉がズシンときました。

    たとえ旅する国(場所)が一緒だとしても、
    ちょっと視点をかえたり、時間をかえてみたり、
    たずねるお店をかえたり、歩くルートをかえたりして、
    『発見』を楽しみつづけたいですね。

    これって、旅じゃなくても、
    日常生活にもあてはまりそうだなー、と、
    書いていて、ふと思いました。