the information age of then...
Attribution-NonCommercial-ShareAlike License by jaeming

「情報」の扱い方がおもしろいですね。
ネクタイも家庭菜園も、ある意味、情報産業だそうです。

なんでかというと、
ネクタイは、ただの布きれじゃなくて、
そのネクタイのデザイン(という情報)を買っているから。
家庭菜園も、野菜をつくるという趣味体験(という情報)だから。

となると、ぼくたちのまわりにあるものは、
なんでもかんでも情報というわけですか。
日本はやっぱり「ものづくり」だよね!と、
思っているひとがいたとしても、
実は、つくっているものも情報だったりするわけです。

そう考えていくと、
日本はどんな「ものづくり」をしていけばいいのか、ではなくて、
どんな「情報づくり」をしていけばいいのか、
そして、その「情報」をどうやって貯めて、伝えていくのか、
そんな発想がいいのかもしれないなぁ、と思いました。

ネクタイにしても、我々は単に細長い小さな布切れを買ったのではなく、デザインを買ったのです。デザインは情報である。我々はまさに情報に金を払っているのです。

情報の蓄積をいうことのもっている文明史的意味をしっかりつかまえる必要がある。

全世界を覆う情報の体系は、歴史的に蓄積された、普遍的存在として我々をとりまくが、人間個人は、常にそれを「空気」として呼吸するのである。こうして、古典は現在においても新鮮な意味をもつ。

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