村上 龍 文藝春秋 売り上げランキング: 24044
村上龍さんの小説を初めて読みました。
なにか、社会派小説といった雰囲気ですね。
ぼくが惹かれたのは、小説のストーリーよりも、
小説を通してみられる、龍さんの洞察の鋭さ、でした。
舞台は、2002年前後の日本なんですが、
小説内で龍さんが(たぶん、危機感をもって)訴えていることは、
いまの2010年の日本にも、相変わらず当てはまっています。
”それ”は日本社会のよくみえる場所に現れていないだけで、
慢性的な病気のように、じわじわと、
進行してきたんじゃないだろうか、ということです。
もちろん、小説内で、おおげさに表現された”それ”のいくつかは、
いまの日本で実現されていないこともありました。
ただ、”それ”が当たっているとかいないとか、そんなことを議論することは、
ぼくにとっては意味のない話で、
この小説を、これからの自分や家族、子供のことを考える材料として、
きちんと消化していきたいです。
希望だけしかなかった頃とほとんど変わらない教育を
受けているという事実をどう考えればいいのだろうか
普通、学校というところはリスクを特定してくれて、
そのリスクを管理するための訓練とか勉強を行うんだと思うんですね。
それがない以上はそこを出て、
自分たちで何とか自分たちなりにリスクを特定しながら、
それを管理するようにしないと、あまりにも危険すぎるでしょう?
希望を失った国に対する最良のスタンスは、
略奪ということになるでしょう。
先端的な知識や情報や技術を自分が持っていないというのは
確かに明らかな不安材料だ。
それらが社会的に有用で、しかも自分には欠落していると
自ら認めざると得ないとき、決定的な遅れをとり
誰か他人に搾取されるのではないかという不安と恐怖が生まれる。
大前提的な庇護を失い、個人が個人として生きるようになるという概念を
まだ日本人は持つことができないでいるが、
共同体として個人の関係性だけはなし崩し的に変わりつつある。
誰かに何かをしてあげたい、
誰かに何かをしてあげることができる存在になりたいという思いが、
どれだけ普遍的で、切実なものなのかを
これから日本人は思い知るようになると思う。
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