2011-12-31

2011年を振り返る

2011年を振り返ってみると、東京での生活が本格的に始まり、地震があり、フィリピンへの旅がありました。これからの人生の中で、物質的にも精神的にも大きな転機のひとつとして記憶される一年だった、というのがその印象です。

東京での生活

2010年秋に大阪から東京へ引っ越してきて、すぐに住み心地のいい環境で暮らすことができたので、暮らし自体にはすぐ慣れることできました。が、慣れたことで新鮮さを失わないようにしよう、いつまでも旅人のような視点で暮らそうと思い、積極的に外へ足を運びました。

地震

地震直後から何ヶ月と続いた余震とともに、なんとも言えない恐怖感が生活中を覆っていたことを思いだします。資源エネルギーをどうするのか、何が信頼できる情報なのか、といったことよりも、僕が地震の最中に感じた、ただひとつ、決定的に重大だったことは「家族と一緒にいること」でした。大げさでもなく、予想を超えた危機が起きるかもしれないという状況で、家族(妻)とできるだけ一緒にいることを最優先にしようと考え、その通り、行動してきました。

フィリピンへの旅

ずっと持ち続けて英語へのコンプレックスを解消しようと、8月からSkypeを使った英会話Rarejobを始めました。少しずつ英語に対する苦手感を克服することができたので、思い切ってフィリピンに英語留学しようと決意し、2011年の10月、フィリピン現地の学校の下見に行ってきました。航空チケットの予約、国内線での移動、ホテルの予約、学校視察の手配、Rarejobで練習した英会話の実践、Rarejobの先生との初対面など、旅と英語の経験値をグッと上げることができた旅になりました。妻と一緒に旅行したことで、世界一周旅行の良い予行演習にもなったと思います。

仕事

1月よりキャンサーチャンネルが本格的に稼働し、それに合わせて、プロジェクトの立ち上げと運営にいくつも関わることができ、仕事面でこれまでにない大きな満足感があった一年でした。それはなにより、自分の能力や経験が人の役に立つ、ということをダイレクトに感じることができたからでした。会社としても、串岡との二人三脚から、頼れる仲間や連携先が加わったことで、新たなステージに入りつつあると感じています。

全体を振り返って

個人としてはこれまでに経験したことのないことにたくさん挑戦できたこと、会社としては創立二年目として順調に成長できたことが2011年の成果でした。その反面、個人的にはコモディティ化しないための技術や能力を充分に伸ばすことができなかったことが反省点だと感じています。

大勢の方にお世話になり育てられた一年でした。感謝です。来年もどうぞよろしくお願い致します。

2011-07-29

遊びの至上

遊びの至上は私たちの魂に近く、
そして実践において遠い。
遊ぶことの厳しさと喜びに思いを馳せると、
いつでも胸がいっぱいになる。
そして、生まれてきて良かったと思う。
生きることの目眩の中に、
偶有性の映し鏡が姿を顕す。

茂木健一郎 偶有性の自然誌 考える人2009年秋号

遊びをせんとや生れけむ、
戯れせんとや生れけん、
遊ぶ子供の声きけば、
我が身さえこそ動がるれ

梁塵秘抄

2011-03-24

プリンシプルに生きたいな。

こんな時だからこそ、感情的な反応ではなく、自分のプリンシプルにのっとって行動したい、生きたいなと思います。

どんな情報を信じるのか、どれだけのリスクを引き受けるのか、どんな信念に基づいて行動するのか、すべては自分自身で決めること。そこにプリンシプルがあれば、たとえ誤った選択だとしても後悔はないだろう。どんなことにも絶対はないから。

プリンシプルに生きているひとは、周りのひとたちに対して過剰に反応したりはしない(はず)。逆に、プリンシプルのないひとに限って、他人の行動に憤りやストレスを覚えるような気がします。

今、白須次郎が生きていれば、何と言うだろうか。

2010-05-22

コミュニケーションの根っこ。

たとえ君がなんであれ、君のすべてを肯定する。それが一番の底に無ければ人は不安に思います。
コミュニケーション – 為末大オフィシャルサイト

友人も夫婦も親子も他人も、
コミュニケーションの根っこはこれ。
じぶんとの違いを認めた上で、相手のすべてを肯定すること。

とてもじゃないけど、
お前のソレ(価値観や行為)を肯定できないよ、という場合はどうするのか。

その人のソレを、自分が受け入れる必要はなくて、
ソレを抱えて生きている相手の存在を、
肯定してあげられるのがいいのかもしれない。
まぁ、言うは易しですが。

自分との違いを、楽しんで眺めていられるような、
ちょっと肩の力が抜けたようなひとになりたい。