知のてっぺん『学問は驚きだ 糸井重里』

智慧の実を食べよう 学問は驚きだ
糸井 重里 岩井 克人 川勝 平太 松井 孝典 山岸 俊男
ぴあ
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会社や社会や日本のことを、
とことん考えまくってるひとたちの話が聴けるから、
糸井さんが言うように、たとえ理解できなくても、
知のてっぺんの醍醐味がある。

なにかをとことん学びつづけているひとの魅力は、
博識だとか、頭の回転が早いだとか、そんなところにあるのではなく、
そのひとだけの世界観を表現しているところにある。

魔法なんだか、勉強なんだか、もう、役に立つのかさえ
わからないところに、「知る、ということの輝き」が、
きっとある。ぼくはそれを、実感しているのです。

前置きのかわりに – 糸井重里

「ふだん見過ごしていることを、不思議なもののように考える」こそが、
知を愛することであり、智慧を生み出す実なのです。

会社の行方 – 岩井克人

これからは、様々なものが標準化される時代であるからこそ、
どこかで標準化されないような部分や、流れが停留する部分を、
意識的に確保しなければ、だめなのかもしれませんね。

会社の行方 – 岩井克人

実態と名前の乖離しない接点・・・
ポシャらないけど、バブルにもならないバランスを探すことは、
本当に難しいと思います。正解がないんですからね。
これはポスト産業資本主義を生きていかなければならない、
すべての人間の課題かもしれません。

会社の行方 – 岩井克人

彼をそばでみていると、生き方がかっこいいんです。
それはどうしてかというと、他人の評判で動いているわけではなくて、
自分の原理で動いているからです。
他の人がいてもいなくても行動を変えないとか・・・
わたしもそうありたいと思います。

社会の行方 – 山岸俊男

農をなりわいにするのではなく、
いろいろな芸術を楽しむように、土をいじり、水をやれば、
すがすがしい緑の葉っぱ、美しい花、それに実のなる作品が生まれる。
水と緑と花と季節の変化を存分に楽しむという姿勢でいれば、
ずいぶん楽しめるんです。

日本の行方 – 川勝平太

大人にとっても『かけがえのないもの 養老孟子』

かけがえのないもの
かけがえのないもの
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養老 孟司
白日社
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子どもにとって、かけがえのないものを考えていくと、
それは、大人にとっても、かけがえのないものなのだ。

どうなるか分からない未来を期待し、
意味のわからないものを楽しみ、
新しい環境に挑戦する。

そんなことが、大人にだって、
おおいに許容されていいはずだし、
みんなにとって、当たり前であってほしい。

理想を語るのではなく、
実践者でありつづけたい。

その姿を、将来の子どもたちが見てくれて、
人生の偶有性をポジティブにとらえてくれたら、嬉しい。

大人というのは、子どもが好きなことをやっているときに、
それが何のためかという無意味な質問を繰り返す動物です。
私はそれを子どものころから知っていました。

親の世代が、子供に自分の育った環境とまったく違う環境を
与えてしまっているからです。過去の自分を否定して
子供に自分と違うことをやらせているわけですから、
これでは親が子供の教育ができなくて、当たり前です。

子どもが持っている財産とは何か。それこそが、
一切何も決まっていない未来、漠然とした未来なのです。(中略)
だから、予定を決めれば決めるほど、
子供の財産である未来は確実に減ってしまうのです。

読了『わかることはかわること 養老孟司 佐治晴夫』

「わかる」ことは「かわる」こと

もぎけんにある、茂木健一郎さんの講演を聴きまくっていたら、
養老孟司さんの名前がちらほら出てきて、
どんな人なのか気になって、本書を手にとってみました。

なんとなく、天邪鬼で、いつも物事を疑って「観る」ことが、
クセになっているひとなのかなー、という印象。

宇宙のことを知るということは、
宇宙のことをあなたが勉強して知ることによって、
あなたの人生がどう変わったかということをもって、
知る、ということなのです。

いま、読んでみたいと思う本が、ビジネス書から、
自分とは異なる考え方・生き方をしている人たちが語るものに移っているのも、
じぶんをどう変えてくれるか、楽しいからなのかも。

わかりやすく砕いて説明するということが
必ずしもいいことじゃなくて、
難しいけどおもしろいという教育、
これは本物かな、と思いましたよ。

その線引きは、ほんとうに際どいバランスで、
そこを追求する難しさが、教師、親としての、
面白いところだったりするのかなー。

いかに美しいか、いかに無駄がないか、いかに単純か、
という三つが数学の褒め言葉なんです。
だから「夕日をみてきれいだと思わないやつに
数学はわからないよね」ということになります。

数学以外にも、ソースコードにも言えるのかもしれないですね。
綺麗なCSSファイルには、無駄がないもんね。

だれかに会うことの幸福を感じさせてくれる、
そういう機会は決して多くないのである。

人と会うという行為を、ときどき、
ぼーっとして、大切にしていない気がするので、反省。

じぶんと対話することには価値がある『ひきこもれ』吉本隆明

ひきこもれ―ひとりの時間をもつということ (だいわ文庫)
吉本 隆明
大和書房
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ふつう、『ひきこもり』というと、
悪いイメージがあるかもしれない。暗いとか、何もしてないとか。

でも、この本で、吉本さんが言ってるのは逆で、
仕事でも人生でも、『ひきこもる』時間をもつことが、
なかなか価値のあることやねんぞ、ってこと。

ぼくにも、『ひきこもり』の性分が多分にあるから、
そんな主張をきいて、なかなか痛快だったし、
肩の荷がおりる気がしました。

『引き出し症候群』の社会って息苦しいんだよねー、と思ってるひとは、
ぼくの同年代にたくさんいるような気がするので、
この本を、もっと多くのひとが読めば、
生きやすくなるひとがふえそう。

それって、ある意味、省エネな生き方だと思います。

『引き出し症候群』なひとも、
『ひきこもり』たいひとも、
無駄なことにエネルギーをつかわずに、
自然体に、もっと楽しいことに没頭できるから。

じぶんの内側から聴こえてくる声に、
もっと正直に、もっと楽に、生きていきたい。

「この人が言っていることは奥が深いな」とか、「黙っているけれど存在感があるな」とか、そういう感じを与える人の中では、「意味」だけではく「価値」の増殖が起こっているのです。それは、一人でじっと自分と対話したことから生まれているはずです。

熟練した職業人になるためには、少しゆるんでいて、いい加減なところがあって、でも持続力だけはある、というのがいいのです。

「とにかく教師は生徒に向きあうべきだ」という考えには、子供を「指導」してやろうという、プロを自認する教師の、ある種思い上がった気持ちがあります。

そんなことをしなくても、毎日後ろ姿を見ているだけで、子供はいい先生を見抜きます。自分の好きな先生を見つけて、勝手に影響を受けていくのです。

問題は、親が子供にどう接するかではなく、親自身の心の状態がどうであるのか、ということなのです。

生まれた時代性というものは、なかなかぬぐい去ることができないし、まるで何もなかったように白紙に戻すようなことはしてはいけないのです。

危機感を自分のこととして受け止められるか『希望の国のエクソダス』

希望の国のエクソダス (文春文庫)
村上 龍
文藝春秋
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村上龍さんの小説を初めて読みました。
なにか、社会派小説といった雰囲気ですね。

ぼくが惹かれたのは、小説のストーリーよりも、
小説を通してみられる、龍さんの洞察の鋭さ、でした。

舞台は、2002年前後の日本なんですが、
小説内で龍さんが(たぶん、危機感をもって)訴えていることは、
いまの2010年の日本にも、相変わらず当てはまっています。

”それ”は日本社会のよくみえる場所に現れていないだけで、
慢性的な病気のように、じわじわと、
進行してきたんじゃないだろうか、ということです。

もちろん、小説内で、おおげさに表現された”それ”のいくつかは、
いまの日本で実現されていないこともありました。

ただ、”それ”が当たっているとかいないとか、そんなことを議論することは、
ぼくにとっては意味のない話で、
この小説を、これからの自分や家族、子供のことを考える材料として、
きちんと消化していきたいです。

希望だけしかなかった頃とほとんど変わらない教育を
受けているという事実をどう考えればいいのだろうか

普通、学校というところはリスクを特定してくれて、
そのリスクを管理するための訓練とか勉強を行うんだと思うんですね。

それがない以上はそこを出て、
自分たちで何とか自分たちなりにリスクを特定しながら、
それを管理するようにしないと、あまりにも危険すぎるでしょう?

希望を失った国に対する最良のスタンスは、
略奪ということになるでしょう。

先端的な知識や情報や技術を自分が持っていないというのは
確かに明らかな不安材料だ。

それらが社会的に有用で、しかも自分には欠落していると
自ら認めざると得ないとき、決定的な遅れをとり
誰か他人に搾取されるのではないかという不安と恐怖が生まれる。

大前提的な庇護を失い、個人が個人として生きるようになるという概念を
まだ日本人は持つことができないでいるが、
共同体として個人の関係性だけはなし崩し的に変わりつつある。

誰かに何かをしてあげたい、
誰かに何かをしてあげることができる存在になりたいという思いが、
どれだけ普遍的で、切実なものなのかを
これから日本人は思い知るようになると思う。

読了『受けてみたフィンランドの教育 実川真由 実川元子』

Kirkonkylä elementary school
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これまで、フィンランドと言えば、
教育に力を入れている国なんだろうなぁ、と、
なんとなくのイメージしかなかったのですが、
日本とは、なんだか、えらい違いますね。
考え方も、方法も。

日本でもマネすればいいんじゃないのー、と思ったこと。

  • 減点方式じゃなくて、加点方式
  • 塾じゃなくて、学校でほんまに勉強する
  • 地元の学校をえらぶこと
  • 暗記問題をやめて、考えて、じぶんの意見を書くテスト
  • 先生をもっと尊敬している雰囲気

じぶんが知っている常識じゃない、常識を、
知ることでアイデアがふくらみます。

世界中を探せば、もっともっとおもしろい、
教育の方法や考え方があるんでしょうね。

日本の進学校の生徒たちが、
授業中居眠りをして、放課後塾に行き、
居眠りしていた間に教わっていたことを勉強する様を目の当たりにして、
「これほど無意味なことはない」と思ったそうだ。

英語を含む多言語を学ぶことが
「生き抜くために必要なのだ」という認識は、
日本とは比較にならないほど強い。

なぜ20代前半までになんらかの学位を取得して就職しなくては
「負け犬」と呼ばれてしまうのかが自分でもよくわからなかった。

職業経験や人生経験を積んでいくことが、
就職するにあたってのプラスになる社会と、反対にマイナスになる社会。

仕事につくという目的地、
もしくは学校から社会に出る出口まで到達するまでの時間制限が
さほど短くない社会と、厳しく時間を区切る社会のちがいは、
教育の過程においても大きな違いを生んでいる。

受けてみたフィンランドの教育
実川 真由 実川 元子
文藝春秋
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読了『いつか、すべての子供たちに Wendy Kopp』

White House Entourage
Attribution License by jurvetson

大学の優秀な卒業生が、
ちやほやされるような就職先をけって、
教師の免許もないのに、
貧しい地域で、2年間教師として働きにでかける。
そんな信じられないような話を、
アメリカ中で実現させちゃったのが「ティーチ・フォー・アメリカ」。

すごいんですよ。
本からあふれてくる、教育に対する情熱が。

そんでもって、主人公のWendy Koppの行動ぶり、
ジェットコースターにのっているがごとく、
毎日つなわたりをしているような展開に、
ただただ圧倒されました。

何万人ものひとたちを、
じぶんたちのビジョンにまきこんでいくためには、
こんな凄まじい行動力が必要なんですね。

集められる金額は、どれだけ力を注いだかに比例するのであって、
支援者の金銭的な余力や優先順位によって決まるのではない。

よい指導とはカリスマ性の問題ではないと気づいた。
魔法のようなものでも、説明のつかないようなものでもない。

傑出した教師たちは、生徒に対して明確な目標を設定し、
人々を目標に向かって努力するよう動機付け、
目標を達成するためひたむきに努力し、
指導の効果を常にチェックして実績をあげていく。

要するに、よい教師とは、よいリーダーなのだ。

いつか、すべての子供たちに――「ティーチ・フォー・アメリカ」とそこで私が学んだこと
ウェンディ コップ Wendy Kopp
英治出版
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読了『さらに大人問題』

さらに・大人問題 (講談社文庫)
五味 太郎
講談社
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意識

自分が当たり前やなーと思ってる常識にカツを入れること

言葉

  • 学校に忘れ物したらアカンの?
  • 理想の父親役・母親役をするための子供役
  • 「おじいちゃん」という一般名称
  • 健康が本当の目的?
  • Make-UpとRe-Make
  • 肉体を意識がフォローする
  • シートベルトの義務化
  • 「我慢するしかない」と思い込んでいる大人社会
  • 「欧米=先進的」で思考停止
  • 宇宙開発は趣味
  • お父さんに感謝する練習をさせる幼児教育
  • 親の無自覚の人権侵害

感想

ほとんど深く考えることなく受け入れている大人の常識が自分の中にたくさん見つかりました。大人ってホントしょーもないわ。少しずつ蝕まれちゃうんのはなんででしょうか。子供を育てるとか教育するとかそんな立場じゃなくて、子供からどれだけ大切なことを学ばせてもらうかが大事じゃないのかなーと思いました。五味太郎さん、面白いね。いっぺんにファンになっちゃいました。

読了『富と成功の秘訣』

[ユダヤ5000年の叡智] 富と成功の秘訣
加瀬英明 マーヴィン・トケイヤー
日本経営合理化協会出版局
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自己啓発本のようなタイトルが付いてるのが勿体ない本です。自己啓発というよりはむしろ教育書に近いと感じました。ユダヤ人が少数民族でありながら大きな成功を収めてきた理由として独自の教育法について紹介しています。

ユダヤ教育の特徴は「タルムード」と呼ばれる代々受け継いできた聖典を基礎にした道徳教育を重視していること。

公立学校の一般教科に加えて、同じ時間量、ヒーブルー教育を行っていることだ。ヒーブルー教科は、「ヘブライ語」、「聖書」、「ユダヤ律令」、「ユダヤ史」、「タルムード」、「ユダヤ文学」から成り立っている。(191頁)

すごいですね。学校教育のほぼ半分です。本書で紹介されている学校がエリート校というからなおさら驚き。日本じゃ「有名校=道徳に力を入れている」とはなかなか結びつかないんじゃないでしょうか。

一方、日本の小学校で高学年が道徳を学ぶ時間は、文部科学省で公開されている小学校学習指導要領によると、980時間に対して35時間。これを少ないとみるのか多いとみるのか各論あるでしょうが、随分とユダヤの教育方針とは違うんだなぁという印象をもちました。

また、「タルムード」は子供の教育だけではなく親に対しても訓示を与えています。

何か失敗をした時に人間そのものを叱ってはいけないのと同じように、成功したときに人間そのものを褒めてはならないというのが、ユダヤ人の鉄則である(153頁)

父親がいつもテレビのつまらない番組をみていたり、けばけばしいスポーツ新聞しか読まなかったり、友人たちとトランプに耽っていたら、幼児が地的な世界や学問に憧れることはない(215頁)

将来親になるかもしれない身としては随分考えさせられる内容が多かったです。

びっくりするような値段がついているので今回は図書館で借りて読んだのですが、自分の手元に置いておきたいなと思わされる一冊になりました。

嫉妬心を成長のスパイスに – 『こうして僕らはアフガニスタンに学校をつくった。』

こうして僕らはアフガニスタンに学校をつくった。―流学日記セカンドステージ

悠さんの周りにいたスタッフ達の、アフガニスタンに学校を作るまでの苦労話や心の葛藤が紹介されている。前著よりもリアルで親近感を覚えた。印象に残ったスタッフの会話。

私はそれなりに自分に自信のある裏返しで、自分への優等生気質を密かに後ろめたく思っていたし、(中略)目の前の悠が発散する眩しさが、実は、ほんとうに、やたら羨ましかったのだと思います(45頁)

そうそう、僕も劣等感や悔しさだけじゃなくて、悠さんの行動力や力強さに嫉妬していたんだろうな。一人の人間としてメッチャ眩しかった。だから読むのが辛かった(笑

でも、そんな嫉妬心もいいもんだ。嫉妬して悔しくて「ナニクソ!なんか俺流で勝負する方法はないか!?」って試行錯誤しているうちに自分なりの個性が磨かれていく(かもしれない)。

人生のプロセスの間に、「こんなすごい人がいるのか!」と口をあんぐり開けてしまうような人と何人も出会った。そういうとき、以前は「それに比べて 私は情けない」と思ったものだが、これはある意味で、「自分も本当ならあのぐらいになれるに違いない」という若気の至りでもあったし、だからこその若気の エネルギーでもあったし、ある意味で「嫉妬」であった。それが、頑張るためのドライブにもなった。
嫉妬のドライブがなくなったとき – Tech Mom from Silicon Valley

若気の至り上等!嫉妬心を成長のスパイスにしてしまおう。

やる気のスイッチ格差

カンブリア宮殿「やる気のスイッチを入れる極意!教えます。」

なんてすごい中学生たちだろうか。中学生の頃から10年後、28歳の目標を立てて頑張っている。僕が中学生の頃には目標なんて何もなかった。将来の夢なんてものはなく、もんもんと過ごしていただけだった。なんという差だろうか。末恐ろしいというのが本音だった。

今や、やる気さえあればどんどん力を伸ばすことができる時代である。教育インフラは競争にさらされたおかげで多様化してきているし、インターネットを使えば米大学の授業を体験することだってできる。本人の”やる気のスイッチ”がONになっているかOFFになっているかで、将来(と言っても10年後には)大きな差がついてしまう。まさに『やる気のスイッチ格差』が広がっているように思われた。

それはきっと世の中全体にとっては良いことなのだろうけど、”やる気のスイッチ”をONにする方法がなかなか見つからない人にとっては厳しい時代と言えるのかもしれない。