読了『きけ わだづみのこえ』

きけ わだつみのこえ―日本戦没学生の手記 (岩波文庫)

なんと感想を言っていいのか。
心にいつまでも、彼らの存在感が残っている。

死ぬ間際まで、
自分の教養を高めようとする欲求の強さ。
次第に麻痺していく自分の人間性を、
必死に守り通そうとする姿。

何を言っても陳腐だと感じてしまうけれど、
家族と会える、好きな本を読める、学校に通える、
そんな当たり前のことに、
感謝しなくてはいけないと感じた一冊でした。

ぼくは、死ぬ間際まで、
じぶんをあんなにも冷静に見つめていられるだろうか。

私の感情―繊細な鋭敏な―が段々とすりへらされて、
何物をも恐れないかわりに何物にも反応しないような状態に
堕ちて行くのではないかという疑念ほど、
私を憂鬱にしたものはありません。

俺は飽くまで俺という人間を守り通していきたい。
死ぬまで俺という人間だけは失いたくない。

人間、誰にも言えぬ独りの秘密があるものだ。
それは、実に恐ろしい心の鬼だ。
それにふれることを人は極度に恐れる。
それを開かんと幾度か努力する。
しかしそれは、傲然と人の心の奥底に
ふんぞり返ってニヤニヤしている。

我々は盲目でありすべての力をうばわれているのだから、
その他に何を考え何をする必要があろう。
完全に牧羊の精神を我々のものとすること、
次の場所に追い立てられるまで、ただ草を食うこと、
明らかな態度だ。

私は死んだ日を忘れていたい。
我々の記憶に残るものは、ただ、
私の生まれた日だけであって欲しいと思います。

犬の死骸と武士の誇り – 『ある明治人の記録 会津人柴五郎の遺書』

ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書 (中公新書 (252))

会津藩は戊辰戦争により朝的となり新政府軍に落城させられる。会津藩は領地を没収され、斗南藩(現在の青森県)へと移住することになる。未開の土地で人々がどうやって生存していたのか、その壮絶な生活が記されている。

満足な食料を手に入れられず、ワラビの根から団子を作ったり、海岸に流れ着くワカメや昆布をお粥に混ぜたりしていて食いつないでいる。

ある時には死んだ犬の死骸を持ち主に頼み込んでなんとか譲り受けている。犬の死骸を自ら望んで食べているのだ。幼かった柴五郎氏は喉に通らず思わず吐き出してしまう。だが、そんな息子を見て父親は一喝する。

武士の子たることを忘れしか。戦場にありて兵糧なければ、犬猫なりともこれを喰らいて戦うものぞ。ことに今回は賊軍に追われて辺地にきたれるなり。会津の武士ども餓死して果てたるよと、薩長の下郎どもに笑わるるは、のちの世までの恥辱なり。ここは戦場なるぞ、会津の国辱雪ぐまでは戦場なるぞ(64頁)

飢餓寸前の生活に貶められても誇りを失わないなんて・・・武士の誇りとはそれほどのものなのか。現代人の僕たちには決して推し量れないだろう。言葉を失うのみである。

全一冊 小説 上杉鷹山

全一冊 小説 上杉鷹山 (集英社文庫)

最近mixiで久しぶりに連絡をとった友人が上杉鷹山を尊敬していたのでおススメの一冊を紹介してもらった。上杉鷹山のことを知らない方はこちらをどうぞ⇒上杉鷹山 Wikipedia

Word Of Wisdom

人間は、「何をやるのか」ということはあまり意に介さない。「誰がやるのか」を非常に気にする。(73頁)

人がいかに面子を大事にする生き物か端的に表した表現だと思う。気のおけない人がすることは応援しやすいものだけれど、嫌いな人がすることはついつい反対したくなってしまう。自分にも覚えがある。反省である。

公私に関わらず第三者から提案を受けたとき、感情ベースで判断を下していないか気をつけたい。