読んだ本や旅のこと、マラソンのことを綴っています。
山崎さんとこのブログで知った曲。
おばあちゃんと一緒に暮らした思い出がなくても、
もし、おばあちゃんがいたら―、と想像するだけで、
涙が出てきた。
このメロディーに、この映像に、この関西弁。
そりゃ、ずるいよなー、と思うけれど、
心が本当にこもった曲って、やっぱり、なにか違います。
村上龍さんの小説を初めて読みました。
なにか、社会派小説といった雰囲気ですね。
ぼくが惹かれたのは、小説のストーリーよりも、
小説を通してみられる、龍さんの洞察の鋭さ、でした。
舞台は、2002年前後の日本なんですが、
小説内で龍さんが(たぶん、危機感をもって)訴えていることは、
いまの2010年の日本にも、相変わらず当てはまっています。
”それ”は日本社会のよくみえる場所に現れていないだけで、
慢性的な病気のように、じわじわと、
進行してきたんじゃないだろうか、ということです。
もちろん、小説内で、おおげさに表現された”それ”のいくつかは、
いまの日本で実現されていないこともありました。
ただ、”それ”が当たっているとかいないとか、そんなことを議論することは、
ぼくにとっては意味のない話で、
この小説を、これからの自分や家族、子供のことを考える材料として、
きちんと消化していきたいです。
希望だけしかなかった頃とほとんど変わらない教育を
受けているという事実をどう考えればいいのだろうか
普通、学校というところはリスクを特定してくれて、
そのリスクを管理するための訓練とか勉強を行うんだと思うんですね。それがない以上はそこを出て、
自分たちで何とか自分たちなりにリスクを特定しながら、
それを管理するようにしないと、あまりにも危険すぎるでしょう?
希望を失った国に対する最良のスタンスは、
略奪ということになるでしょう。
先端的な知識や情報や技術を自分が持っていないというのは
確かに明らかな不安材料だ。それらが社会的に有用で、しかも自分には欠落していると
自ら認めざると得ないとき、決定的な遅れをとり
誰か他人に搾取されるのではないかという不安と恐怖が生まれる。
大前提的な庇護を失い、個人が個人として生きるようになるという概念を
まだ日本人は持つことができないでいるが、
共同体として個人の関係性だけはなし崩し的に変わりつつある。誰かに何かをしてあげたい、
誰かに何かをしてあげることができる存在になりたいという思いが、
どれだけ普遍的で、切実なものなのかを
これから日本人は思い知るようになると思う。
兵庫県たつの市にある、住栄丸さんのところへ、
牡蠣食べ放題の旅へいってきました。
むさ苦しい男5人の車内。
後部座席のポジションニング争いがやばい。

持ち込みありだと聞いていたので、
途中スーパーへ立ち寄り、
シイタケやキャベツ、いなり寿司を購入。

食べて、食べて、食べまくる。

ぷるぷるが並んでいるのを見ると、
かるく気持ち悪くなるぐらい、食べまくりました。
バケツ2杯分。
もう今年は牡蠣いりません。
週5日はパスタを食べている生活。
どうせだったら、美味しいソースで家ランチを満喫しようと、
自家製(と言ってもホール缶使います)トマトソース作りに挑戦。
まずはソースをいれるビンを煮沸消毒します。
沸騰したお湯に5分ほどつけます。

次はソースづくり。
ホールトマト缶を5個(2リットル!)あけて、
手で軽くにぎりつぶします。

ソースの材料をざくざく切ります。
人参1本、セロリ1本、玉ねぎ1個。

野菜を切りおえたら、
オリーブオイルで焼き目をつけていきます。

野菜に軽く焦げ目がついたら、
さっきつぶしておいたトマトホールを鍋に入れて、強火。

しっかり沸騰させたら、弱火にして約40分ことこと煮ます。
この間、時々混ぜてやらないと、
ソースが焦げてしまうので要注意!
ぼくのソースは、ちょっと焦げくさい野郎になっちゃいましたOrz
竹串で野菜をすっと刺せるようになればOK。
あとは、ビンにうつして、自家製トマトソース完成!

シンプルに、トマトソースにチーズを混ぜるだけでも、
かなり美味ですよ。うまうまっ。

今回の自家製トマトソースは、
いつもお世話になっている落合務シェフの本をみて、つくりました。
じぶんの生活を記録すること、
それを「ライフログ」と言います。
ライフログなんて、言い方をすると、
なんだか遠い世界のように聞こえるかもしれませんが、
実は、みんな気づかないうちにやってます。
例えば、子供の写真やビデオを撮ったり、
銀行やクレジットカードを利用したり、
インターネットをみたりするとき、
意識しなくても、デジタルに記録を残しています。
つまり、「ライフログ」ってことです。
そんな「ライフログ」を、
もっともっと、じぶんから積極的に集めて、
利用できるようにしちゃえば、
おもしろい社会になるんじゃないの、ってことを、
感じさせてくれる本です。
ぼくも、さっそく、スキャナーを購入して、
ライフログの前座「ペーパーレス作戦」を、
実行にうつしています。
おもしろいよ。
生きている間に経験してきたすべての情報に
即座にアクセスできるとしたら、どうだろう。
一生分の出来事の記録データを
保存するのに必要なメモリーは、既に存在する。
ライフログは自分の人生の捉え方を変えてくれる。
同時に、自分の人生の感じ方も変わっていく。
健康管理の質を上げるには、質のよい情報が欠かせない。
たいていのものはデジタル化したほうが楽しめることがわかっている。
僕がデジタル化して電子記憶を楽しんでいる一方で、
ほとんどの人の実物の思い出の品は屋根裏部屋で埃をかぶっている。
実物を持っていても、そんなものさ。
新たなタイプの人間関係が、ライフログの導入から生まれる。
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