この本を読んでいるとき、
アイデアをどうやって出すか学ぶというよりも、
柳澤大輔さん(@yanasawa)から、
仕事に対する姿勢を教えられている気分だった。
ぼくには、仕事をめっちゃ楽しんでやろう!
という姿勢が足りていなかった、と気づかされた。
仕事の量がグッと増えたり、
解決法のわからない仕事が舞いこんできたりすると、
ネガティブな印象を受けていた。
うげげー、どないすんねん、これ、と思ってた。
それじゃ、あかん。
受身じゃあかん。
もっと楽しむ。
もっとおもろいことする。
勝手にどんどんアイデアだす。
周りに伝える。巻き込む。
ええ時期に、この本を読めました。
気乗りしないイベントに誘われたときや、
一見面倒くさそうな仕事を振られたときこそ、
とにかく「乗っかる」ことが重要なのです。
面白がっている様子を憶えてもらう
僕は、ある会社と良いお付き合いをしたいと思ったときには、
必ず会う前にその会社のウェブサイトを見て、
ブレストをしてその改善案を考え、あいさつ代わりに持っていきました。
アイデアを出すということはクリエイティブであり、
「クリエイティブとは贈与」なのです。
去年、コモンカフェでお会いして、
夫婦で5年も旅をしていた話を聞かせてくれた近藤さん(@ykoncanberra)が、
自身のブログ『遊牧夫婦』をまとめた本。
ぼくの考えるハードなバックパッカーとは違って、
近藤さんは、いい意味で、ふつうの人の目線で旅をしているので、
共感できることが多かったです。
この先、何年になるかわからない旅生活の中で、
どのような日々を送り、どのように変わっていくのだろうか、と。
しかし、どんな絵も浮かんではこなかった。
そして考え直す。
想像などできないからこそ、人は旅をするのだろうと。
想像できていると思っている自分の世界観を、
ぶっこわすためでもあるんかな。
誰もが、それぞれが見た「偏った」世界を
その人なりに伝えていくしかないのだ。
その限界を十分に理解した上で、
しかし人は語り継いでいかなければならない。
旅だけじゃなくて、このブログだってそう。
「偏見」や「誤解」は避けられない。
でも、伝えたいことがあれば、声に出していくしかない。
生活のほとんどがこのバンの狭い内部に納まっていた
この一ヵ月半の日々によって、
ぼくたちは、「本当に必要なものなんて極めて少ないんだ」ということを実感できた。
物理的に「モノ」がないっていうことは、
人生を身軽に生きていくうえで、大事なことだと思う。
車や自転車で旅をすると、それをリアルに実感できるんやろね。いいね。
ぼくは決して、危険なところにガツガツ飛び込んでいけるキャラではない。
良くも悪くも、ひとりだと弱気になっていただろう自分が想像できてしまう。
だから自分にとっては、二人であるということが大きな意味をもってくる。
ここ、一番共感できたところ。
ぼくも、同じようなところがある。
嫁さんの前だから、カッコつけて、頑張らんとあかん!って思って、
ちょっとした一歩を踏み出せることが多い。
旅をしながら次々に別れが訪れると、
もはや別れが日常的な、当然のものとなり、感慨も減ってくる。
よくも悪くも旅に慣れると、いろんなものを得るとともに、
何かを失っているのかもしれないのだ。
旅によって失うもの。
得るものばかり考えていたから、ハッとした言葉。
ぼくも世界一周から帰ってきたとき、
何かを失っているんだろか。どうだろ。
それが分からんから、きっと、旅に出かけたいんだろうな。
100年も前に、世界一周の旅をしているとは。
しかも、訪れた土地をカメラにおさめながら。
まるで絵に描かれたかのような写真からは、
歴史の教科書の、テキストのすきまからこぼれ落ちている、
人々の生活の風景がある。
都市になりきる前の、町の姿がある。
こんな本が残っていることに驚いたし、
出会えて嬉しい。
休日の日にみるのもいい映画だけど、
人生の節目でみるのも、
なかなかいいんじゃないかなぁ。
(サチエ)でも、ずっと同じではいられないものですよね。
ひとはみんな、変わっていくものですから。(ミドリ)いいかんじに変わっていくといいですね。
(サチエ)大丈夫!
たぶん。。(ミドリ)そうですね。
いいかんじに変わっていくといいね。
梅田望夫さん(@mochioumeda)の新著、
『iPadがやってきたから、もう一度ウェブの話をしよう』が発売されたので、
さっそく買って読んだ。
本書で、一番、つぎの言葉がぼくに響いた。
そして何より大切なのは、「生活」を人生の目標にしないこと。
フロンティアへの挑戦や冒険、研究や創造、
知的興奮の追求、パブリックな精神に基づいた活動、
グローバルな難題の解決・・・・、没頭する対象は何でもいい。
でも、おいしいものを食べるとか、便利で快適で安全な暮らしとか、
そういった「生活」レベルのことではなく、
それよりも上位の価値を追い求めること。
それが、先進国の恵まれた環境に育って
よい教育を受けている君たちの責任だ。
via 梅田望夫
そう、「生活」じゃない。「冒険」。
もともと安定志向が強いタイプだったので、
油断すると、comfortableな環境を求めてしまう。
もうすぐ生活環境を変えるつもりだったので、
なんだか、勝手に背中をおされた気分になった。
この言葉に出会っただけで、
読んで良かった。
TechWabeの湯川鶴章さん( @tsuruaki )が、わざわざ大阪に来て、
ソーシャルグラフ、というかFacebookの最新事情を語っちゃうよ、
というよだれもんのイベントがあったので、参加してきた。
http://wsx2.net/01/40.html
感想を一言でいうと、
Googleの時代は終わって、Facebookの時代がくる。
そして、日本にも必ず。
今日、湯川さんの話をきいて、その確信を強めた。
好きとか嫌いとか、そんなレベルの話じゃなくて、
5億人のパーソナライズされた嗜好データを、
Facebookがひとり勝ちして押さえちゃってんだから、
影響力が増すのは、避けようのない事実。
あと10年もすれば、
みんな、基本的なことを調べるときにだけGoogleを使って、
買ったり、参加したり、会ったり、
何らかのアクションを起こすときには、
Facebookを頼るようになるんだろう。
もしかしたら、Googleがプライドをかなぐり捨てて、
Facebookのデータをアルゴリズムに取り込めば、
延命するかもしれないけれど、
と言っても、それは既にFacebookの影響力の傘下ってことになっちゃうし、
どうすんだろね、Google。今後の出方が楽しみ。
これからもFacebook関連のニュースには、
めっちゃ注目していこうと思う。